選挙運動において、SNSの活用は今や当たり前になりつつあります。X(旧Twitter)やInstagram、YouTubeといったプラットフォームを通じて、候補者や政党が有権者に直接情報を届けられるようになったことで、従来の手法では難しかった双方向のコミュニケーションが可能になっています。
その一方で、投稿の内容やタイミングを誤ると、公職選挙法などの法令に抵触するリスクもあるため注意しなければなりません。
本記事では、選挙運動にSNSを活用するうえで押さえておきたい基本知識から、具体的にできること・やってはいけないこと、SNS活用によるメリット・デメリットについてわかりやすく解説します。
なぜ今、選挙運動でSNSが重要視されているのか
選挙運動における情報発信は、紙媒体や街頭演説だけでは限界があります。SNSを使えば、候補者が自らの言葉でタイムリーに発信でき、双方向のやりとりを通じて有権者との距離を縮めることが可能です。
ここではまず、SNSの特徴や年代別の利用状況、発信の重要性について見ていきましょう。
SNSとは?
SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)とは、インターネットを通じて人と人がつながり、情報を発信・共有できるサービスの総称です。代表的なサービスには、X、Facebook、Instagram、YouTube、LINEなどがあり、いずれも文章・画像・動画など多様な形式での情報発信が可能です。
また、コメントやリアクション機能を通じて、ユーザー同士がリアルタイムで交流できる点もSNSの大きな特徴です。近年では、個人の考えや活動を広く届ける手段として、政治や選挙の分野でもSNSの活用が注目を集めています。
年代別に見るSNSの利用状況
総務省の「令和5年通信利用動向調査」によると、インターネット利用者全体におけるSNSの利用率は80.8%に達しており、SNSは幅広い世代に浸透していることがわかります。
年代 | SNS利用率(令和5年) |
全体 | 80.8% |
13~19歳 | 90.3% |
20~29歳 | 93% |
30~39歳 | 89.4% |
40~49歳 | 89.5% |
50~59歳 | 83.7% |
60~69歳 | 76.7% |
70~79歳 | 66.6% |
80~89歳 | 52.6% |
年代別に見ると、20代(93.0%)や30代(89.4%)をはじめ、40代(89.5%)、50代(83.7%)でも高い利用率が見られ、ヤング~ミドル世代にとってSNSは日常的な情報取得・発信の手段となっていることが明らかです。
一方で、60代以上でも半数以上がSNSを利用しており、シニア層へのアプローチにも一定の効果が期待できます。
SNSを活用した情報発信の重要性
SNSを通じた情報発信は、候補者の人柄や政策を有権者に伝えるだけでなく、投票行動そのものにも大きな影響を与えています。
公益財団法人・明るい選挙推進協会による2022年参議院選挙の調査によれば、インターネット上で政党や候補者の情報に触れた人のうち、61.8%が「投票先を決める際に役立った」と回答しました。これは、選挙公報(51.3%)や政見放送(47.8%)を上回る数値です。
SNSは、短文・画像・動画など多様な形式で情報を届けることができ、コメントやリアクションを通じた双方向のやりとりも可能です。適切に活用すれば、有権者との信頼構築や支持の獲得に直結する効果的なツールといえるでしょう。
参照:公明党
SNSを使った選挙運動でできること
選挙期間中には、公職選挙法に基づき、SNSを活用した選挙運動が一定の条件下で認められています。具体的には、以下のような活動が可能です。
- ホームページやブログ、SNSで、政策やこれまでの実績を紹介し、投票を呼びかける
- XやInstagramなどで、選挙への想いや日々の活動内容を発信する
- SNS上で有権者と候補者が意見を交わしたり、質問に答えたりする
- YouTubeなどの動画配信サービスで街頭演説などの様子を配信する
- 政見放送や街頭演説のスケジュールをSNSやブログで知らせる
SNSを使った選挙運動でやってはいけないこと
では、SNSを使った選挙運動でやってはいけないことには、どのような行為があるのでしょうか。ここでは、公職選挙法に基づき禁止されている主な行為について、具体的に見ていきます。
選挙期間外にSNSで投票を呼びかける
選挙運動が認められるのは、公職選挙法により「公示日(または告示日)から投票日の前日まで」と定められています。つまり、選挙期間外に「〇〇候補に投票してください!「〇〇党を当選させましょう!」といった投稿をSNSで行うことは、事前運動とみなされ、違反となる可能性があります。
対象となるのは候補者本人だけでなく、陣営スタッフや有権者も同様です。SNS上で何気なく投稿した内容が、選挙運動とみなされるケースもあるため、発信のタイミングと表現には十分に注意しなければなりません。活動報告や政策紹介であっても、「投票依頼」にあたる表現には慎重になりましょう。
立候補者がSNS広告を出す
選挙運動期間中に候補者がXやInstagram、YouTubeなどのSNSで有料広告を出すことは、公職選挙法で明確に禁止されています。特に、候補者名や政党名、またはそれに類する事項を表示し、投票を呼びかける広告を有料で配信することは、法令違反に該当するおそれがあります(公職選挙法第142条の6)。
このような規制が設けられているのは、「カネのかからない選挙」を実現するという公職選挙法の趣旨に基づくものです。仮に有料広告を認めてしまえば、広告合戦が激化し、費用が膨らむことで「カネのかかる選挙」へと逆行しかねません。候補者や陣営の資金力に左右される選挙を防ぐためにも、有料インターネット広告には厳しい制限が設けられているのです。
一方、例外として政党等が選挙運動用ウェブサイトへ直接リンクする政治活動用の有料広告を掲載することは認められています。ただしこの場合も、政党や確認団体など限られた立場にある団体にのみ許された措置であり、候補者個人には一切認められていません。
そのため、候補者や陣営スタッフは「SNS広告=使える手段」と安易に判断せず、公的資料や法令を確認のうえ、確実にルールを遵守する必要があります。
選挙当日にSNSで投票を呼びかける
選挙期間が始まると、SNS上にも選挙関連の投稿が一気に増えます。しかし、投票日当日に選挙運動を行うことは、候補者・陣営・有権者を問わず禁止されています。これは、公職選挙法で選挙運動が「公示日(または告示日)から投票日の前日まで」と明確に定められているためです。
たとえば、投票日当日にXやInstagramで「〇〇候補に投票お願いします」「〇〇党を応援しています」といった投稿をすると、意図はどうあれ選挙運動と見なされる可能性があります。また、自分では新たに投稿していなくても、選挙期間中に行われた他者の選挙運動投稿を当日にリポスト・シェア・いいねすることも、事実上の選挙運動と解されるおそれがあるため注意しなければなりません。
投稿や操作の意図にかかわらず、投票日当日のSNS上の選挙的な言動は慎重に判断し、控えることが望ましいでしょう。
連絡先を明記せずSNS投稿や動画配信をする
公職選挙法では、インターネットを利用した選挙運動において、発信者の連絡先を明記することが義務づけられています(公職選挙法第142条の3第3項)。これは、有権者が発信内容について問い合わせを行えるようにするための措置です。
対象となるのは、ウェブサイト・ブログ・動画配信サービスなどで行う選挙運動に関する投稿で、発信者のメールアドレスや問い合わせフォームのURLなど、実際に連絡が取れる手段を記載しておく必要があります。
ただし、XやFacebookなど、ユーザー名が明示されており、プロフィールページを通じて連絡手段が確保されているSNSについては、個別の連絡先を別途投稿内に記載する必要はありません。発信の媒体に応じて、適切な対応を心がけましょう。
氏名や身分を偽ってSNS投稿や動画配信をする
選挙運動において、SNSや動画配信サービスを利用する際に、他人の氏名や身分を偽って情報を発信する行為は、公職選挙法で厳しく禁止されています。特に、特定の候補者を当選させる、または落選させる目的で、虚偽の氏名や肩書きを用いて投稿や配信を行うことは、「氏名等の虚偽表示罪」に該当し、処罰の対象となります(公職選挙法第235条の5)。
例えば、実在する人物や団体の名前を騙ってSNSアカウントを作成し、選挙に関する情報を発信することや、架空の肩書きを用いて動画を配信することなどがこれに当たります。このような行為は、有権者を誤導し、選挙の公正性を損なう重大な違反行為です。
SNS上で情報発信する際には必ず正確な氏名や身分を明示し、透明性のあるコミュニケーションを心がけましょう。万が一、なりすまし行為を発見した場合は、速やかに選挙管理委員会やプラットフォーム運営者に報告し、適切な対応を求めることが重要です。
落選目的で他の候補者の虚偽情報を流す
選挙期間中に、他の候補者の信用を失墜させる目的で虚偽の情報を広める行為も、公職選挙法で禁止されています。
たとえば、事実に反する噂話や誤った情報をSNSに投稿したり、虚偽と知りながらそれをシェアしたりする行為は、「虚偽事項の公表」とみなされ、4年以下の懲役または禁錮、または100万円以下の罰金が科される可能性があります(公職選挙法第235条第2項)。
この規定は、候補者に限らず、一般の有権者にも適用されます。発信の意図にかかわらず、結果として他者の信用を損なう投稿となれば、重大な違法行為と判断されかねません。
情報の発信や拡散にあたっては、真偽を確かめ、慎重に行うことが求められます。
他の候補者のウェブサイトを改ざんする
選挙の時期になると、さまざまな情報がネット上に飛び交います。なかには、ウェブサイトを意図的に改ざんして、他の候補者の印象を操作しようとする悪質な行為も見受けられます。
こうした行為は、公職選挙法が禁じている「選挙の自由妨害」にあたるおそれがあり、当然ながら違法です(公職選挙法第225条第2号)。また、サーバーへの不正アクセスなどが伴えば、不正アクセス禁止法など別の法律にも触れる可能性があります。
選挙運動においては、公平性と信頼性が何より大切です。インターネット上での関わりも含めて、誠実な情報発信を意識して行動するようにしましょう。
満18歳未満の者が選挙運動に参加する
政治に関心を持つ若い世代が増えるのは喜ばしいことですが、選挙運動への関わり方には注意が必要です。公職選挙法では、満18歳未満の者による選挙運動を禁止しています(公職選挙法第137条の2)。
たとえば、SNSで「○○候補に投票して」と呼びかける投稿したり、選挙運動に該当する他者の投稿をリポスト・シェアしたりする行為は、いずれも特定の候補者の当選を目的とする選挙運動にあたるため、18歳未満の者がこれらの行為を行うことは認められていません。
一方で、選挙運動に直接関わらない作業、たとえば選挙事務所での文書整理やポスター貼りといった労務的な手伝いについては、未成年であっても携わることが可能です。未成年でも政治に関心を持つこと自体は大切ですが、関わり方には注意してください。
選挙運動にSNSを活用するメリット
SNSを活用することで、これまで接点を持ちにくかった層にも情報を届けられるようになりました。ここでは、選挙活動にSNSを取り入れることで得られる主なメリットについて解説します。
時間や場所を選ばず情報発信ができる
選挙運動にSNSを活用する最大のメリットは、時間や場所に縛られず、自由に情報を発信できることです。これまでの選挙活動では、街頭演説やビラの頒布といった“対面ありき”の手段が中心でした。こうした方法は、どうしても時間帯や地域の制約を受けやすく、多くの人に同時に情報を届けるには限界があります。
その点、SNSを使った発信であれば、スマートフォンやパソコンがあればいつでもどこでも情報を届けることができます。たとえば、移動中や空き時間を使って投稿したり、演説や討論会の様子をそのまま動画にして共有したりと、柔軟な運用が可能です。
また、投稿した内容はそのままアーカイブとして残り続けるため、リアルタイムで閲覧されなくても、後から見てもらえるのも特徴です。時間的・地理的な制限にとらわれない点は、SNSを選挙運動に取り入れる大きなメリットといえるでしょう。
若い世代の関心を引き、投票率の向上が期待できる
10代・20代の投票率の低さは、長年にわたる課題です。若年層は政治への関心がないというよりも、候補者や政策に接する機会が少ないことが、行動に結びつかない一因とされています。
SNSを通じた発信は、そうした情報のギャップを埋める手段として有効です。日頃から慣れ親しんでいるメディア上で、候補者の人となりや考えが伝わることで、心理的な距離が縮まりやすくなります。
特に、動画や画像を使って活動の様子を紹介する投稿は、テキストだけでは伝わりにくい熱量や臨場感を伝えるのに効果的です。自然な形で接点を生み出すことで、若い世代の投票行動を後押しするきっかけになるでしょう。
選挙運動にかかるコストを削減できる
選挙運動には、どうしてもまとまった費用がかかります。ポスターやビラの印刷、電話や街宣車の運用、会場設営など、準備や維持に必要な経費は多岐にわたります。広範囲に情報を届けようとすれば、その分コストも増大していくのが実情です。
こうした中で、SNSは比較的コストをかけずに情報発信できる手段として注目されています。投稿やライブ配信といった情報発信そのものに費用はかからず、演説の様子を動画にして繰り返し視聴してもらうことも可能です。
また、日常的に発信を続けることでフォロワーが増えれば、追加の費用をかけずに拡散力を高めることも期待できます。経済的な負担を抑えながら、伝えたいことを着実に届けていけるのがSNSの特徴といえるでしょう。
選挙運動にSNSを活用するデメリット
ここまでお伝えしてきた通り、SNSにはさまざまなメリットがありますが、使い方によってはリスクも伴います。ここからは、SNSを使った選挙運動におけるデメリットを4つの側面から見ていきましょう。
誹謗中傷やデマが拡散されるリスクがある
SNSを活用した選挙運動では、誹謗中傷や虚偽情報の拡散といったリスクに注意が必要です。
特に選挙期間中は、候補者や陣営に対する誹謗中傷、悪意のある切り抜き動画、事実に基づかない憶測が飛び交いやすく、ひとたび拡散されると収拾に時間と労力がかかります。対応を誤れば、印象だけが先行し、候補者本人の信頼にも影響を与えかねません。
SNSを活用する際は、常に正確な情報発信を心がけるとともに、悪質な投稿にどう対応するかという広報体制の整備も欠かせません。
候補者や陣営スタッフは、発信する情報の正確性を確認し、誤解を招く表現を避けるよう心がけましょう。有権者としても、SNS上で見かけた情報を鵜呑みにせず、公式な情報源や複数の信頼できるメディアを参照するなど、情報の真偽を確認する姿勢が求められます。
なりすましによる被害リスクがある
SNSでは、誰でもアカウントを作成できる手軽さゆえに、なりすましアカウントの被害も後を絶ちません。候補者や政党を装った偽アカウントが、あたかも本人の発言のように情報を流すことで、誤解や混乱を招くケースも見られます。
なかには、意図的に炎上を誘発させたり、支持者を混乱させたりする目的で運営されているアカウントもあります。
対策としては、公式アカウントであることを明確にする認証マークの取得や、定期的な本人確認の投稿、偽アカウント発見時の通報など、日頃からのモニタリングが重要になります。
情報流出や不正アクセスのリスクがある
SNSを活用するうえで避けて通れないのが、情報セキュリティの問題です。
選挙関連のアカウントが第三者に乗っ取られたり、ログイン情報が流出したりすれば、候補者や陣営にとって大きなダメージとなります。仮に悪意ある人物によってアカウントが操作され、不適切な発言が投稿されてしまえば、それだけで信頼を大きく損なうリスクもあります。
また、ダイレクトメッセージに記録された内部情報や個人データが外部に漏れた場合、プライバシー侵害や情報漏洩として問題視されるおそれもあります。
こうしたリスクを回避するためには、パスワードの複雑化や定期変更、2段階認証の導入といった基本的な対策に加え、複数名で運用する場合はアクセス権限の管理も徹底すべきです。さらに、陣営内でSNS運用ルールを事前に整備し、万が一に備えた対応マニュアルを用意しておくことも大切です。
選挙期間中は外部からの注目も集まりやすいため、セキュリティ対策は早めの準備が欠かせません。
デジタルに不慣れな有権者との情報格差が拡大する
SNSを中心としたインターネット選挙運動が広がる一方で、パソコンやスマートフォンの操作に不慣れな層との情報格差が懸念されています。特に、高齢者やデジタル環境に日常的に触れていない有権者にとっては、SNSでの情報発信や動画配信を目にする機会が限られてしまうこともあるでしょう。
その結果、ネット上でのみ発信された政策や候補者の考え方が届かず、十分な比較・検討が行えないまま投票行動に移るケースも想定されます。選挙における公平性や情報の平等な提供という観点からは、注意が必要なポイントです。
したがって、インターネットを活用しつつも、紙媒体や対面での説明、地元メディアとの連携など、多様な層に対応した情報提供の工夫が重要になります。
まとめ
本記事では、選挙運動にSNSを活用するうえで押さえておきたい基本知識から、具体的にできること・やってはいけないこと、SNS活用によるメリット・デメリットまでを解説しました。
インターネットを通じた選挙運動が認められたことで、候補者や政党はウェブサイトやSNSを通じて、自らの主張や活動内容を直接発信できるようになりました。それにより、有権者が候補者の政策や人柄に触れやすくなっただけでなく、政治への関心を持つ若年層の支持行動も以前より活発化しています。
一方で、ネット上でのやり取りは顔が見えない分、誤解や中傷、意図しない情報の拡散といったトラブルも起こりやすくなっています。匿名性を盾にした攻撃的な言動や、虚偽情報の拡散など、ネット選挙特有の課題も無視できません。
だからこそ、候補者や政党はもちろん、有権者一人ひとりがネット選挙の特徴を理解し、責任ある言動を心がけることが重要です。