議員定数の削減、とりわけ「比例代表の削減」というテーマは、多くの場合“政治家が身を切る改革”というキャッチーな表現で語られます。しかし、その裏側には、日本の選挙制度が長い時間をかけて積み上げてきたバランスを崩しかねない重大な影響が潜んでいます。
本稿では、日本の選挙制度の歴史を振り返りつつ、比例代表が果たしてきた役割、削減によって生じうる影響、そしてそれが国会と民主主義全体に何をもたらすのかを、多面的に掘り下げていきます。
日本の選挙制度は、戦後から現在に至るまで数度の大きな転換点を経験してきました。その過程では常に「多様な民意をどこまで反映させるか」「政治の安定をどのように担保するか」という二つの課題がせめぎ合ってきました。
戦後の長い期間、日本は「中選挙区制(1区定数3〜5)」を採用していました。この制度では、同じ選挙区から複数の候補者が当選するため、同じ政党の候補者同士が競り合う“同士討ち”が発生しやすく、政治家個人の後援会型政治が強まる要因ともなりました。
ただし、多様な政治勢力が議席を得やすい側面もあり、小党・地域政党・無所属候補の参入が比較的容易でした。民意を幅広くすくい上げるという点では一定の役割を果たしていたと言えます。
1990年代初頭、自民党の長期政権が崩壊し、政治改革のうねりが高まる中で、現行の「小選挙区比例代表並立制」が導入されました。
導入の意図は主に二つ。
政権交代が起こりやすい政治の実現(小選挙区)
少数政党の意見も国政に届けるための安全弁(比例代表)
こうした“二つの要請”をバランスするために、両者を組み合わせる仕組みが採用されたのです。
制度導入当初、衆議院の比例代表は200議席ありました。しかし、
2000年:200 → 180
2014年:180 → 180(維持、ただし区割り調整)
2017年:180 → 176
というように、比例枠は長期的に縮小傾向にあります。つまり、今回議論されている「比例削減」は、過去数十年にわたる流れの延長線上にあると言えます。ただし、比例代表が減るということは、制度設計当初に意図した“民意の多様性の確保”という部分が弱まることも意味します。
比例代表は、小選挙区の弱点を補完し、国会全体の多様性を支えてきました。その主な役割をあらためて見てみましょう。
小選挙区は「1人しか当選しない」ため、どうしても大政党に有利で、小党は敗れると議席ゼロという極端な結果になりがちです。比例代表はその格差を和らげ、小さな政党でも“得票があれば議席に転換できる”仕組みを保障してきました。
小選挙区制は、1票差でも大差でも当選者は1人だけ。つまり、多くの選挙区で多数の票が“死票”として消えてしまいます。比例代表はその票を政党に帰属させ、結果として国会の構成を民意に近づける効果を持ちます。
環境政策、福祉政策、地域課題、ジェンダー、人権といった、多様なイシューを専門的に扱う政党は、小選挙区だけでは存続が難しくなります。比例代表はこうした多様な政策の通路として機能してきました。
こうした要素が縮小されると、議会のバランスが大きく傾きます。
比例代表を削減すると何が起こるのかを、制度のメカニズムから丁寧に見ていきましょう。
大政党(自民党・立憲民主党など)は、小選挙区で勝利する能力が高く、比例削減による影響を相対的に受けにくい構造があります。
比例での“安定議席”が減ることで、結果的に小選挙区で強い政党がより議席を積み増すことになります。
維新・共産・国民民主・れいわ・社民など、比例に依存して議席を得てきた政党は、比例削減によって議席が激減する可能性が高まります。
国会での発言力が低下
政党交付金が減額
メディア露出が減り支持基盤が縮小
小選挙区でも勝ちにくくなる悪循環へ
「議席が減る」だけでなく、党の存続そのものが揺らぐケースも出てくるでしょう。
比例が小さくなることで、小選挙区制の性質がより前面に出てきます。その結果、
1位と2位の政党が議席を独占
3位以下の政党はほぼ議席を得られない
少数政党の存在感が薄れる
といった状況が現実味を帯びます。
政治の構図はシンプルになりますが、多様な意見が排除される危険も孕んでいます。
では、具体的に比例を30〜50議席ほど削減した場合、どのような選挙結果になるのでしょうか。現行の選挙結果や政党ごとの得票構造を踏まえると、以下のようなシナリオが想定されます。
自民党や公明党など小選挙区に強い政党は、比例削減の影響を最も受けにくい存在です。野党側が分裂している状況では、むしろ与党が相対的に議席を増やす可能性もあります。
立憲民主党などの野党第一党は、小選挙区と比例の両方で一定の基盤を持つため、比例減の影響を受けつつも生き残りやすい構造があります。しかし、それ以外の野党が大きく議席を減らすことで、相対的に“主要野党としての存在感”が強まる可能性があります。
とくに、
小選挙区で候補者が勝てない
比例で議席を確保してきた
といった政党は、議席が激減する可能性があります。これは政党交付金の減少や人材確保の困難につながり、長期的な政党存続にも影響を及ぼします。
比例削減は確かに“大政党”にメリットが大きい制度改正です。しかし、制度改革を推進する側が主張するメリットも存在します。
政党数が減ることで政策責任の所在が明確になり、政権選択がしやすくなるという利点があります。
政権与党と主要野党の二極構造に近づくことで、政権交代が起きた際の政策遂行力が安定する可能性も指摘されています。
ただし、これは“多数派の政治を強化する”という側面が強く、「少数派の声」をどう扱うかという民主主義の根本問題に対する答えにはなりません。
民主主義の価値は、多数派の意見だけでは成り立ちません。比例代表は、社会の多様性を政治に反映させるための重要な仕組みです。
マイノリティの意見
新興政党の政策
専門領域に特化した政党の知見
地域の固有課題
こうした多様な声は、小選挙区制度だけでは国会に届きにくくなります。
比例削減は、これらの声が政治から“消えてしまう”リスクを伴っています。
比例代表の削減を「身を切る改革」として語るのは容易ですが、実際に起こるのは政治制度そのものの再設計です。
大政党がより有利になる
中堅・少数政党の議席は大きく減る
国会は二大政党型に寄る
政治的多様性が損なわれる
民主主義のバランスが変質する
こうした変化を見据えずに議席数だけを議論することは、制度の本質を見誤ることにつながりかねません。
選挙制度は民主主義の“土台”です。その構造をどう設計するかは、私たちひとりひとりの代表選出の仕組みをどうするかという、極めて本質的な問題なのです。