日本の政治ニュースで頻繁に登場する「衆議院」と「参議院」。この二つの議院の違いを正確に理解することは、日本の政治構造を把握する上で不可欠です。本ブログでは、、両院の役割、構造、権限の違いを深く掘り下げ、その関係性がもたらす「ねじれ国会」といった現象まで、包括的に解説します。
まず、国会の位置づけから確認しましょう。日本国憲法第41条は、国会を「国権の最高機関」であり、「国の唯一の立法機関」であると定めています。前者は、主権者たる国民から直接選挙で選ばれた議員で構成される国会が、国家機関の中で最も国民を代表する重要な機関であることを意味します。後者は、法律を制定する権限が原則として国会にのみ与えられていることを示しています。
では、なぜ国会は一つの議院(一院制)ではなく、衆議院と参議院の二つに分かれているのでしょうか。この「二院制」**には、主に三つの意義があるとされています。
この制度設計の根源は、歴史に遡ることができます。戦前の大日本帝国憲法下では、選挙で選ばれる衆議院に対し、皇族や華族などで構成される「貴族院」が存在しました。貴族院には、時に急進的になりうる衆議院の動きを抑制し、国政の安定を図る役割が期待されていました。現在の参議院は、国民による民主的な選挙で議員が選ばれる点で貴族院とは全く異なります。しかし、「国民の意思を直接的に代表する第一院(衆議院)」を、「異なる視点から熟慮し、チェックする第二院(参議院)」が補完・抑制するという構造的な思想は、形を変えて現在の二院制にも受け継がれているのです。この基本構造を理解することが、両院の違いを立体的に捉える鍵となります。
ー目次ー
衆議院の最も重要な役割は、国民の意思、すなわち「民意」を迅速かつダイレクトに国政へ反映させることです。後述する任期の短さと解散制度の存在により、衆議院は常に国民の審判を意識せざるを得ません。そのため、選挙で示された民意が内閣の構成や政策に直接結びつきやすく、日本の議院内閣制の根幹をなす存在と言えます。
衆議院議員の任期は4年ですが、その最大の特徴は「解散」制度の存在です。解散が行われると、議員は任期満了を待たずに失職し、総選挙が実施されます。戦後、衆議院議員が4年の任期を全うした例は極めて稀で、このことが衆議院を民意に極めて敏感な議院にしています。
衆議院の解散には、二つの法的根拠があります。
一つは、憲法第69条に基づくものです。これは、衆議院で内閣不信任決議案が可決された場合、内閣が10日以内に「総辞職」するか「衆議院を解散」するかを選択する、いわば受動的・対抗的な解散です。
もう一つが、より頻繁に用いられる憲法第7条に基づく解散です。第7条は天皇の国事行為を定めており、その一つに「衆議院を解散すること」があります。この行為には「内閣の助言と承認」が必要とされ、この規定が内閣(実質的には内閣総理大臣)に実質的な解散権を与えていると解釈されています。これにより、内閣総理大臣は自らの政治判断で、政権に有利なタイミングを見計らって解散を行うことができます。この戦略的な解散権は、総理大臣の最も強力な**「政治的武器」**となり、衆議院を短期的な政治情勢に鋭敏に反応する、ダイナミックで政治色の濃い議院たらしめているのです。
衆議院の定数は465人です。選挙は「小選挙区比例代表並立制」という、二つの制度を組み合わせた方式で行われ、有権者は2票を投じます。
また、小選挙区の候補者が比例代表の名簿にも同時に名を連ねる「重複立候補」が認められており、小選挙区で惜敗した候補者が比例代表で「復活当選」する可能性があります。
衆議院が「民意の府」とすれば、参議院は「良識の府」あるいは「再考の府」と称されます。その役割は、衆議院で可決された法案などを、短期的な世論や政局に流されることなく、長期的かつ大局的な視点から冷静に再審議し、衆議院の決定に行き過ぎがあればそれをチェックすることにあります。
参議院が「良識の府」としての役割を果たせる最大の理由は、その制度設計にあります。議員の任期は衆議院より長い6年で、最も重要な違いとして解散がありません。これにより、議員は目先の選挙に一喜一憂することなく、腰を据えて政策審議に集中できます。
さらに、3年ごとに定数(248人)の半数(124人)を改選する「半数改選」という仕組みが採用されています。これにより、一度の選挙で議員が総入れ替えになることがなく、議院の構成が急激に変化するのを防ぎ、政治の継続性と安定性を保つ機能を持っています。
しかし、この安定性を担保する制度が、皮肉にも政権の不安定化を招く側面も持ち合わせています。3年ごとに行われる参議院選挙は、時の政権に対する国民の評価が示される「中間テスト」としての性格を帯びます。有権者は、衆議院選挙のように直接政権交代を問うわけではないため、より気軽に現政権への批判票を投じる傾向があります。その結果、与党が参議院で過半数を失い、後述する「ねじれ国会」が発生しやすくなるのです。議院を安定させる仕組みが、結果的に政権運営を不安定化させるという、日本の二院制が抱える構造的なパラドックスがここにあります。
参議院の定数は248人です。選挙制度は、有権者が2票を投じる点で衆議院と同じですが、その内容は異なります。
また、2019年からは比例代表名簿の一部に、政党があらかじめ当選順位を固定できる「特定枠」制度が導入されました。これは、特定の分野で高い専門性を持つ人材などを国会に送り出すための仕組みです。
ここまでの解説を踏まえ、両院の主要な違いを一覧表で確認します。
比較項目 |
衆議院 |
参議院 |
① 任期と解散 |
任期4年・解散あり |
任期6年・解散なし |
② 被選挙権年齢 |
満25歳以上 |
満30歳以上 |
③ 定数 |
465人 |
248人 |
④ 選挙制度 |
小選挙区比例代表並立制 |
選挙区制+比例代表制(非拘束名簿式) |
⑤ 権限(優越) |
強い権限(優越)を持つ |
衆議院より限定的 |
これらの違いが持つ政治的な意味合いは極めて重要です。
① 任期と解散の違いは、衆議院に「民意への即時的な応答性」と「政権選択機能」を、参議院に「政治の安定性」と「継続性」を与えています。
② 被選挙権年齢の違いは、参議院により豊富な経験や知見を持つ人材を求めるという「良識の府」としての設計思想を反映しています。
③ 定数の違いは、衆議院がより地域に密着し、きめ細かく民意を代表する性格を持つことを示唆します。
④ 選挙制度の違いは、衆議院が政権交代を促しやすい一方、参議院は有権者が候補者個人の資質をより問いやすい構造になっています。
⑤ 権限の違い、すなわち次章で詳述する「衆議院の優越」は、両院の意見対立による国政の停滞を防ぐための重要な仕組みです。
二院制は両議院の対等を原則としますが、もし両院の意見が一致しないと何も決められないのであれば、国政は麻痺してしまいます。そこで日本国憲法は、特定の重要な案件について、衆議院の議決を最終的な国会の意思とみなす「衆議院の優越」という仕組みを設けています。この優越が衆議院に認められる根拠は、衆議院が任期短縮と解散により、参議院よりも頻繁に国民の審判を受け、その時々の民意をより強く直接的に反映している機関だと考えられているからです。
衆議院の優越が適用される具体的な項目は以下の通りです。
特に、法律案の再可決に必要な「3分の2」という高いハードルは極めて重要です。与党がこの議席数を確保していなければ、参議院に法案を否決されると成立は極めて困難になり、参議院は強力な拒否権を持つことになります。逆に与党が3分の2を確保している場合、参議院の意向を事実上無視して法案を成立させることが可能となり、「良識の府」が形骸化する危険もはらみます。衆議院の優越は、選挙結果によってその実効性が大きく変動する「条件付きの超能力」なのです。
「ねじれ国会」とは、衆議院では与党が過半数を占めて内閣を組織しているにもかかわらず、参議院ではその与党が過半数を割り込んでいる状態を指します。発生する最大の原因は、衆議院と参議院の選挙が異なるタイミングで行われるという選挙制度そのものにあり、特に政権「中間テスト」と化しやすい参議院選挙で、政権への批判票が集まりやすいために生じやすい構造になっています。
ねじれ国会は、政府・与党が提出した重要法案が参議院で次々と否決され、国政が停滞する「決められない政治」に陥るという深刻な影響を及ぼします。衆議院での再可決には3分の2の議席が必要ですが、与党がこれを確保していない場合、法案成立は極めて困難になります。過去、1998年の橋本内閣や2007年の第1次安倍内閣の退陣など、ねじれ国会は何度も政権を揺るがしてきました。
しかし、ねじれ国会を単なる機能不全と切り捨てるのは早計です。別の視点から見れば、それは非効率ながらも民主主義的な「補正機能」として作用していると解釈できます。つまり、衆議院選挙で信託を得た政権も、その後の運営で支持を失えば、参議院選挙という形で「待った」がかかるのです。これにより、政権は野党との交渉や妥協を余儀なくされ、政策の軌道修正を迫られます。ねじれ国会は、民意の変化を国政に反映させ、政権の独走にブレーキをかけるという、二院制が本来持つチェック・アンド・バランス機能が強く発揮された状態とも言えるのです。
本稿では、衆議院と参議院の違いを多角的に解説してきました。要点は以下の三つです。
この両院の役割の違いを理解することは、私たち有権者にとって極めて重要です。衆議院総選挙では「どの政党に政権を託すか」という視点が、参議院通常選挙では「現政権をどう評価し、どのような視点を国政に加えるか」という視点が、それぞれ判断基準となります。この違いを意識することで、あなたの一票はより意味のあるものになるでしょう。
また、日本の政治が直面する課題として、選挙区間の有権者数の違いにより一票の価値が不平等になる「一票の格差」問題も存在します。これは憲法が保障する「法の下の平等」に関わる重要課題であり、常に是正が議論されています。
先人たちが築いた精緻な二院制というシステムを理解し、その担い手を選ぶ選挙に関心を持つことは、主権者である私たち一人ひとりの責務であり、権利です。この記事が、政治を「自分ごと」として捉え、次の選挙で主体的に一票を投じるための一助となれば幸いです。