近年、選挙運動におけるSNSの活用は急速に進んでおり、なかでもインスタ(Instagram)は有権者、特に若年層との接点を築く上で欠かせない媒体となっています。
従来の新聞やテレビ、街頭演説などの一方的な情報発信とは異なり、インスタでは候補者自身の言葉や日常の様子を視覚的に共有できるため、有権者との間に双方向のコミュニケーションが生まれます。政治離れが指摘される若年層の政治参加を促すには、従来の枠組みを超えた、新たなメディア戦略の構築が欠かせません。
そこで本記事では、選挙運動でインスタを活用すべき理由をはじめ、ストーリーズの基本的な仕組みやそのメリット、活用時のポイントなどについて、わかりやすく解説します。
インスタは、SNSの中でも特に10代から30代の若年層に強い支持を得ているメディアです。総務省が発表した「令和6年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書 (概要)」によれば、インスタの全世代平均利用率は50%を超えており、とりわけ20代では78.0%、10代では75.0%、30代でも70.5%という高い普及率が示されています。
画像や動画を軸にした投稿文化が浸透しており、いわゆる「映える」コンテンツが、若者の自己表現やライフスタイルの発信に強く結びついています。こうした傾向からも、若年層に対して認知を広げる上で、インスタは引き続き有効なチャネルであるといえるでしょう。
総務省が公表した「衆議院議員総選挙における年代別投票率の推移」によると、2024年に実施された第50回衆議院議員総選挙において、10代の投票率は39.43%、20代は45.66%にとどまりました。いずれの年代も前回選挙から投票率が下がっており、特に10代は43.23%からおよそ4ポイントの減少となっています。
選挙のたびに「若者の声を政治に反映させよう」といった呼びかけがなされているものの、依然として投票率は半数を下回っており、政治に対する当事者意識の希薄さが続いています。このような状況下で、若年層に政治的なメッセージを届けるには、若者が日常的に利用しているメディアを通じたアプローチが欠かせません。
その点、インスタは視覚的に訴求できるだけでなく、堅苦しさを感じさせない投稿形式を通じて、政治に対する心理的なハードルを下げることが可能です。社会の課題や候補者の考え方を身近な媒体で提示することで、政治を“自分事”として捉えるきっかけを生み出すツールとして、有効に機能します。
インスタの最大の特徴は、写真や動画を中心としたビジュアル型のコミュニケーションにあります。
候補者が日々どのような現場を訪れ、どのような人々と接し、どのような姿勢で地域や社会の課題に向き合っているのか。そうした日々の活動は、文字情報だけではなかなか伝わりづらいものです。その点、写真や動画は、現場の臨場感や感情の機微を直感的に届けることができ、有権者にとっても候補者の人間性や価値観を感じ取りやすくなります。
政策や理念を訴えることはもちろん大切ですが、それと同時に「どのような人物なのか」という信頼や共感が、有権者の意思決定に大きな影響を与えることは言うまでもありません。特に、政治と国民との距離が指摘される今の時代において、「顔の見える政治」が重要視されていることを踏まえると、インスタは活用価値の高いメディアであるといえるでしょう。
インスタには、写真や動画を投稿する方法がいくつかありますが、なかでもストーリーズは、短時間で情報を伝えるのに適した形式として注目されています。
ここでは、ストーリーズの基本的な仕組みや特徴、フィードやリールとの違いを整理しながら、選挙運動にどのように活用できるのかを確認していきましょう。
ストーリーズは、投稿から24時間で自動的に消える形式のコンテンツで、スマートフォン画面の最上部に表示される円形のアイコンから閲覧されます。写真や動画に文字、スタンプ、音楽などを重ねて編集することができ、閲覧者は画面をタップしてテンポよく次の投稿へ進むことができます。
コメント機能やアンケート、質問スタンプなどのインタラクティブな要素も備わっているため、見る側とのコミュニケーションも可能です。
また、気に入ったストーリーズはプロフィール画面上に「ハイライト」として保存・分類することができ、24時間という制限にとらわれず、継続的に閲覧可能なコンテンツとして活用することもできます。
インスタには、ストーリーズのほかにも「フィード」や「リール」といった投稿形式があります。
フィード投稿は、写真や動画を永続的にプロフィールに残すための形式で、フォロワーのタイムラインにも表示され、キャプションやタグを付けて情報をしっかりと伝えるのに適しています。投稿は時系列に並び、アカウントの「顔」として機能するため、コンテンツの精度や見た目の統一感が重要となります。
一方、リールは最大90秒の短尺動画を縦画面で作成・公開できる機能で、エンタメ性や拡散力が強いのが特徴です。発見タブやフォロワー以外のリール一覧にも表示されます。また、フォロワーのタイムラインにも表示されるため、リーチの範囲が広く、認知拡大に効果的です。
以下にそれぞれの違いをまとめました。
ストーリーズは、即時性と視覚的な訴求力を兼ね備えており、選挙運動との親和性が高い投稿形式です。では、選挙運動でストーリーズを活用することで、具体的にどのようなメリットが得られるのか、以下で詳しく解説します。
ストーリーズは24時間限定で投稿される特性から、最新情報の周知に適しており、街頭演説や講演会の開催予定を知らせる場面でよく活用されています。
投稿はフォロワーのタイムライン上部に表示されるため、目に触れやすく、直前の告知であっても迅速に情報を届けることができます。
また、位置情報やカウントダウンスタンプを活用することで、参加への関心を引き出しやすくなり、オフラインの活動との連動性を高める上でも効果が期待されます。
ストーリーズは、Instagramアプリを開いたときに画面の最上部に並んで表示されるため、フィード投稿よりも目に触れやすい構造になっています。そのため、タイムラインの情報に埋もれることなく、候補者の発信が自然と多くのユーザーの目に入る可能性が高まります。
さらに、スマートフォンでの閲覧に最適化された縦型の全画面表示や、スワイプ・タップといった直感的な操作性によって、テンポよく情報を届けられるのもポイントです。
こうした特徴により、有権者が自ら積極的に情報を探しに行かなくても、日々のスクロールの中で自然と候補者の活動や考えに触れるきっかけが生まれやすくなり、認知の蓄積や印象づけにもつながっていきます。
ストーリーズには、投稿に外部リンクを埋め込める「リンクスタンプ」という便利な機能があります。これを活用すれば、公式ウェブサイトや他のSNS、ブログなどへスムーズに誘導でき、より詳しい情報を必要としている人に対して、自然な流れで情報を届けることができます。
政策の詳細、活動報告、ボランティア募集など、ストーリーズでは収まりきらない情報を必要に応じて他の媒体に展開できるため、情報発信の導線設計としても非常に効果的です。特に、候補者に関心を持ち始めた有権者に対しては、こうした導線の設計が次のアクションにつながる大事なステップとなるでしょう。
ストーリーズには、アンケート、質問スタンプ、リアクションボタンといったインタラクティブな機能が用意されており、有権者との双方向のやり取りを促進する設計となっています。
たとえば、関心のある政策テーマを尋ねたり、候補者への質問を募ったりすることで、意見を可視化しながら選挙活動に活かすことができます。また、こうしたやり取りはフォロワーのエンゲージメントを高め、候補者に対する信頼感や親近感の醸成にもつながります。
一方通行ではない対話型の情報発信が可能である点は、従来のメディアにはないメリットといえるでしょう。
ストーリーズは24時間で消えるため、更新頻度が重要です。街頭演説や駅立ち、地域イベントへの参加、ボランティアとのやりとりなど、小さなことでも毎日1〜3本を目安に投稿しましょう。
重要なのは「映える映像」より「実際の活動を見せること」です。選挙期間中に黙っている候補者は、何もしていないように見えてしまいます。忙しさにかまけて発信を止めると、それだけで勢いが失われるリスクもあります。
信頼は、継続的な発信の積み重ねから生まれます。日々の活動の見える化を通じて、候補者像を確立しましょう。
インスタグラムのアルゴリズム上、フィード投稿はすべてのフォロワーに表示されるわけではありません。せっかく丁寧に書いた政策紹介や演説告知の投稿も、フォロワーに届かないまま埋もれてしまうのはもったいないことです。
そのため、投稿後は必ずストーリーズでリポストしましょう。ストーリーズの閲覧率の方が高いため、露出を確実に増やせます。「新しい政策動画をアップしました!詳しくは投稿へ」などと一言添えると、誘導効果も高まります。
ストーリーズにおいても、ハッシュタグは重要な拡散の手段です。
投稿にテーマ性を持たせることで、興味を持つ人に届く確率が高まります。地域名(例:#○○市、#○○区)や争点となる政策分野(例:#教育改革、#災害対策)のほか、選挙区の略称やスローガンなども積極的に活用しましょう。ハッシュタグをクリックすれば、同じ話題に関心を持つ他のユーザーの投稿も見られるため、共感の輪を広げるためにも効果的です。
また、支持者が応援投稿をするときにも統一感が出るよう、オリジナルのハッシュタグを設定するのもおすすめです。たとえば「#○○とつくる未来」のように、参加を呼びかけるフレーズにすると親しみやすくなります。
有権者のリアルな声を拾うには、ストーリーズの「質問スタンプ」が便利です。「○○についてどう思いますか?」「この地域で困っていることはありますか?」など、具体的に問いかければ、驚くほど多くの反応が返ってくるケースもあります。
コメントよりも匿名性が高く、気軽に答えられるため、普段声を上げない人の意見にも触れられます。集まった声は政策に反映させる材料になるだけでなく、「市民の声に耳を傾けている」という姿勢そのものが信頼につながります。また、回答にはストーリーズ上でリアクションや返信をしていくと、対話の流れが生まれ、エンゲージメントも高まるでしょう。
どれだけ優れたストーリーズを投稿しても、24時間で消えてしまっては継続的な発信にはなりません。そこで重要なのが「ハイライト」の活用です。
プロフィール画面に設置できるこの機能を使って、政策テーマごと(例:教育、環境、防災)、活動エリアごと、あるいは支持者からの声といった分類で整理しておきましょう。訪問者が「この候補者がどんな考えを持っているのか」「何に力を入れているのか」を一目で把握できるようにすることが大切です。
なお、新しいストーリーズを追加したら、必ずハイライトにも反映させて、常に最新の状態を保ちましょう。
ここまでお伝えしてきた通り、インスタのストーリーズは選挙運動との親和性が高いことから、積極的に活用していきたい機能ですが、その一方で法律の内容を理解していないと、思わぬ落とし穴にはまることがあります。特に公職選挙法は、投稿のタイミングや内容によって違反と判断されることがあり、知らなかったでは済まされません。
ここでは、ストーリーズで選挙違反を防ぐための注意点を5つの観点から解説していきます。
選挙運動ができるのは、公示日または告示日以降です。それ以前の段階では、誰であっても「投票依頼」を含む行為は一切認められていません。たとえば、「○○地区をもっと良くしたい。□□党の△△が全力で取り組みます」といったストーリーズは、「特定選挙」「特定候補への意志表明」を強く示す内容なら、違反と判断されるリスクが高まります。
さらに、発信対象が不特定多数向けであること、活動実績が乏しいタイミングで候補者本人や陣営アカウントから突然選挙関連のメッセージを出すことも、「選挙目的」の投稿と見なされる可能性があります。公示前はあくまで「政治活動」にとどめ、選挙色の強い表現は避けましょう。
選挙運動が認められるのは、原則として選挙の公示日(または告示日)から投票日前日までの間です。したがって、投票日当日にストーリーズで「まだ投票していない方は、ぜひ○○候補へお願いします」と呼びかける投稿は、公職選挙法第129条に抵触する可能性があるため十分に注意しなければなりません。
自分の投稿だけでなく、他人が行った応援投稿を投票日にストーリーズでリポストする行為も同様に禁止されています。
ただし、投票日当日に一切情報を発言できないというわけではありません。特定の候補者名や政党名を出さずに、単に投票率向上を目的とした啓発活動であれば問題ないとされています。
公選法第142条の6では、選挙期間中におけるインターネットを活用した有料広告の使用を禁じています。これは、選挙活動における資金の多寡によって情報発信の量や質に偏りが生まれ、公平性が損なわれることを防ぐための措置です。
SNSのアルゴリズムに左右されずに多くのユーザーに届けようとすると、つい広告に頼りたくなるかもしれませんが、ここは厳密なルールが敷かれています。選挙運動中は「広告出稿をしない」という方針を徹底し、自力の投稿でつながりを広げていきましょう。
当然ですが、選挙運動中に虚偽の事項を述べたり、流布したりする行為は絶対にしてはいけません。対立候補を当選させない目的で、虚偽の事実を公にしたり、事実をゆがめて公にすることは、「虚偽事項公表罪」として処罰の対象となります(公職選挙法第235条第2項)。
「○○は汚職をしていた」といった真偽不明の内容や、出どころの怪しい情報の発信・拡散は避けなければなりません。情報を発信する前に、自分の言葉が第三者にどのように受け取られるか、冷静に考える必要があります。
選挙戦が過熱すると、対立候補への批判や攻撃的な投稿が飛び交いやすくなります。しかし、他人の名誉を傷つける内容や、人格を否定するような言動は、刑法第230条第1項(名誉毀損)および第231条(侮辱罪)に問われる恐れがあります。
ストーリーズでの投稿も例外ではありません。「無能」「税金泥棒」「人間性に問題がある」などといった攻撃的な文言は、単なる批判を越えて侮辱と見なされかねません。
批判を行うにしても、感情ではなく事実と論理に基づいた指摘にとどめること。表現の自由は保障されていますが、その責任も常に伴うということを忘れてはなりません。
インスタグラムのストーリーズは、若年層への訴求力や即時性、双方向性といった特性を活かし、選挙運動の現場で存在感を高めつつあります。候補者の日常や政策を、より直感的に、かつ親しみやすく届けるツールとして、多くの政治家が活用を始めています。
一方で、公職選挙法におけるルールや制限を正しく理解しておかなければ、知らず知らずのうちに違反してしまうリスクもあります。たとえSNSであっても、選挙という公的な活動においては、法令遵守が大前提です。インスタを効果的に使いこなすには、戦略的な運用と慎重な情報管理の両立が求められます。
候補者の想いや政策を伝える場として、また、有権者と対話を深める接点として、ストーリーズのポテンシャルを最大限に活かしていきましょう。