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衆議院の解散とはなに?仕組みと種類を徹底解説

作成者: Admin|2025/11/06

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はじめに

「総理は解散に踏み切るのか」「解散の大義は」

テレビの政治ニュースを見ていると、必ずと言っていいほど「解散」という言葉が飛び交います。内閣総理大臣が持つ最大の「切り札」とも呼ばれ、この一言で国会全体が緊張に包まれ、永田町が慌ただしくなります。この「衆議院の解散」は、日本の政治における最も重要で、最もダイナミックなイベントの一つです。
しかし、私たちはその言葉の重さを知りながらも、

●そもそも「解散」とは、法的にどういう状態を指すのか?
●なぜ内閣総理大臣は、自分の好きな時に「解散」を決められるように見えるのか?
●憲法にはどう書かれているのか?
●解散したら、具体的に何が起こるのか?

こうした仕組みの核心部分については、意外と深く知られていないかもしれません。
この記事では、選挙ブログを運営する私たちだからこそお伝えしたい、「衆議院の解散」という強力な権限の正体について、その基本的な定義から、憲法上の根拠、政治的な意味、そして解散後の流れに至るまで徹底的に解説していきます。

衆議院の解散とは?「任期満了」との決定的な違い

まず、「解散」とは何か、その定義から押さえましょう。

議員の「任期」とは

日本の国会は「二院制(衆議院と参議院)」をとっています。このうち、衆議院議員の任期は「4年」と憲法第45条で定められています。何事もなければ、議員は4年間その身分を保障されます。4年間の任期を無事に終えることを「任期満了」と呼びます。任期満了を迎えた場合も、もちろん総選挙(選挙)が行われます。

しかし、驚くべきことに、日本国憲法が施行されてから現在(2025年)まで、衆議院がこの4年間の任期を満了して総選挙が行われたのは、1976年(三木内閣)のたった一度きりです。

では、それ以外はどうなってきたのでしょうか。
それこそが「解散」です。

「解散」の定義

衆議院の解散とは、4年間の任期満了を待たずに、任期の途中で、衆議院議員全員の身分を強制的に失わせることを指します。その瞬間、国会議事堂にいる465人(2025年時点の定数)の衆議院議員は、与党も野党も、当選1回の新人もベテランの大物議員も、全員が「ただの人(候補予定者)」に戻ります。

そして、日本全国で、失われた465議席をゼロから選び直す「衆議院議員総選挙(しゅうぎいんぎいんそうせんきょ)」が行われることが決定します。

参議院には「解散」がない

ここで非常に重要な対比があります。もう一方の議院である「参議院」には、解散が一切ありません。参議院議員は、憲法で「任期6年」と定められており、3年ごとに半数が入れ替わる「半数改選」という仕組みです。彼らは、どのような政治的混乱があろうとも、6年間の任期を全うすることが保障されています。

なぜ衆議院だけに解散があるのでしょうか?

それは、衆議院が内閣(政権)の信任と直結し、参議院よりも「より直接的に、その時々の国民の意思(民意)を反映する議院」として位置づけられているからです。内閣の政治が行き詰まったり、国民の考えと国会の構成にズレが生じたりした際に、「それならば、もう一度、国民に代表者を選び直してもらおう」というのが「解散」という制度の根本的な趣旨なのです。

解散は「いつ」「誰が」決めるのか?2つの憲法条文

では、この「議員全員のクビを切る」という非常に強力な解散権は、一体「誰が」「どのような根拠で」行使できるのでしょうか。ここが日本政治の最も重要で、少し難解な論点です。

結論から言えば、解散を「決定(意思決定)」するのは「内閣」(事実上、そのトップである内閣総理大臣)です。そして、その決定に基づき、解散の「行為(儀式)」を行うのは「天皇」です。憲法には、解散について直接的に触れた条文が2つあり、この2つの条文の関係性が長年の憲法論争の的となってきました。

憲法第69条:「内閣不信任」に基づく解散

【憲法 第69条】
内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。
これは、解散権について憲法が唯一、明確に条件を定めている条文です。

●ステップ1
衆議院(主に野党)が「今こそ、この内閣は信用できない」として「内閣不信任決議案」を提出し、それが可決される。

●ステップ2
不信任を突きつけられた内閣(総理大臣)は、2つの選択肢しかありません。

・選択肢A:潔く「総辞職」する(=内閣全員が辞める)。
・選択肢B:10日以内に「衆議院を解散」する。

このBが「69条解散」です。
これは、内閣が野党から攻撃された際に行う「防御的」あるいは「受動的」な解散と言えます。

総理大臣は、「議会(衆議院)が我々を信任しないと言うなら、我々(内閣)と議会(衆議院)のどちらが正しいか、国民に直接判断してもらおうじゃないか」と、国民に判断を委ねるわけです。しかし、戦後の解散の歴史を振り返ると、この69条に基づいて不信任案が可決されたことを「直接の理由」として解散した例は、実はたったの4回しかありません。

では、残りの大多数の解散は、一体何を根拠にしているのでしょうか。
それが、もう一つの条文です。

憲法第7条:「内閣の助言と承認」に基づく解散

【憲法 第7条】
天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
(中略)
三 国会を召集すること。
四 衆議院を解散すること。
(以下略)

第7条は、天皇が「国民の象徴」として行う「国事行為(こくじこうい)」をリストアップした条文です。そのリストの4番目に、はっきりと「衆議院を解散すること」と書かれています。そして、国事行為の絶対的なルールとして、「天皇は、内閣の助言と承認により」これを行う、と定められています。

この条文の解釈こそが、日本の総理大臣に強大な権力を与えている源泉です。

つまり、「天皇は、内閣が“解散してください”と助言・承認(決定)すれば、その通りに解散の儀式(宣言)を行う」と解釈されています。第69条のように「不信任案が可決されたら」といった条件が、第7条には一切書かれていません。

ということは、内閣(総理大臣)は、「自分たちの好きな時(政治的判断)に」、いつでも天皇に助言し、解散を「実行」できるのではないか。これが「7条解散」と呼ばれるもので、戦後の総理大臣が「切り札」として行使してきた解散は、ほぼすべてがこの7条を根拠としています。

69条の不信任案が可決されていなくても、総理大臣が「今だ」と判断すれば、自らの意思で「攻め」の解散ができるのです。この「7条解散」の是非については、「69条の場合以外は解散できないはずだ」とする学説(制限説)と、「内閣が自由に決められる」とする学説(自由裁量説)があり、憲法学者の間では今も議論が続いています。

しかし、実際の政治(実務)では、後者の「内閣が自由に決められる」という解釈が慣例として完全に定着しており、これが総理大臣の「伝家の宝刀」となっています。

なぜ解散は「総理の切り札」なのか?

憲法7条に基づく自由な解散権は、なぜ総理大臣の「切り札(伝家の宝刀)」と呼ばれるのでしょうか。それは、このカードが「野党」「与党(味方)」「国民」という全方位に対して、絶大な政治的効果を発揮するからです。

野党への牽制

国会で野党が審議を引き延ばしたり、内閣の重要法案にことごとく反対したりして、政治が停滞(行き詰まり)したとします。この時、総理大臣は「これ以上、非建設的な抵抗を続けるなら、解散して国民に信を問う(選挙を仕掛ける)が、あなたたちは選挙の準備ができているのか?」と、暗に脅すことができます。

選挙には、莫大な資金、組織の準備、候補者の擁立が必要です。

特に支持率が低迷している野党にとっては、準備不足のまま選挙に突入することは「死」を意味しかねません。そのため、野党は解散を恐れて、内閣の法案審議に一定の協力をせざるを得なくなることがあります。

与党(身内)の引き締め

解散権が最も威力を発揮するのは、実は「敵(野党)」に対してよりも「味方(与党)」に対してかもしれません。総理大臣(与党の党首)が、「この法案を通したい」と思っても、与党内の反対派(いわゆる“造反組”)が抵抗して通せないことがあります。

この時、総理大臣は「私の言うことを聞かないなら、解散する。そうなれば、あなたたち(反対派)も選挙で落選するかもしれないぞ」と、与党議員を脅すことができます。議員にとって、自分の議席を失うことほど怖いことはありません。

解散権を握る総理大臣に逆らえば、次の選挙で党の公認(推薦)をもらえない「公認権」という恐怖と合わせ、与党議員は総理大臣の意向に従わざるを得なくなります。これが、総理大臣が党内に強力なリーダーシップ(求心力)を発揮できる源泉となっています。

政権の主導権と延命

総理大臣は、解散のタイミングを「自分に最も有利な時」に選ぶことができます。

●内閣支持率が高い時
●野党が分裂などで混乱している時
●大きな国際会議で成果を上げた直後

こうした「今なら勝てる」というタイミングで解散・総選挙を行い、国民の信任を得て与党が勝利すれば、政権基盤は一気に強化され、あと4年間の「お墨付き」を得ることができます。逆に、支持率が下がりきって「任期満了」まで追い込まれるよりも、その前に勝負を仕掛けた方が、政権を維持できる可能性が高まるのです。

※ 解散の「通称」
こうした政治的な思惑から、過去の解散には様々な「通称(ニックネーム)」が付けられています。

●バカヤロー解散(1953年):
吉田茂首相が国会答弁で「バカヤロー」と発言したことがきっかけ(不信任案可決による69条解散)。

●郵政解散(2005年):
小泉純一郎首相が「郵政民営化」という単一の争点を掲げ、党内の反対派もろとも国民に信を問うた7条解散。

●神の国解散(2000年):
森喜朗首相の「神の国」発言などによる支持率低下の中、野党が不信任案を出す直前に先手を打って解散した7条解散。

●抜き打ち解散:
野党やマスコミの意表を突くタイミングで行われる解散。

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解散から総選挙までの流れ

では、総理大臣が「解散する」と決断した場合、具体的にどのようなプロセスで進むのでしょうか。

【ステップ1】 解散の閣議決定
まず、総理大臣が「解散する」という方針を固め、臨時閣議(閣僚全員の会議)を開きます。ここで、天皇の国事行為に対する「助言と承認」として、「衆議院を解散する」という閣議決定の書類に、全閣僚が署名(花押)します。

【ステップ2】 天皇による解散の公布(詔書の作成)
閣議決定の書類は皇居に運ばれ、天皇陛下がそれを裁可(サイン)されます。
これにより、「日本国天皇は、日本国憲法第七条により、衆議院を解散する」と書かれた「解散の詔書」が正式に公布されます。

【ステップ3】 衆議院本会議場での「解散宣言」
詔書は、紫色の袱紗(ふくさ)に包まれ、内閣官房長官によって衆議院本会議場に運ばれます。議場の壇上に立った衆議院議長が、この詔書を厳かに読み上げます。

「(前略)...内閣の助言と承認により、日本国憲法第七条により、衆議院を解散する」

【ステップ4】 「万歳三唱」と議員失職
議長が「解散する」と宣言したその瞬間、全議員が起立し、なぜか「万歳(ばんざい)!」と三唱するのが長年の慣例となっています。
(※この「万歳」の理由は諸説あり、「選挙に勝って戻ってくるぞ」という意気込み説、「もう国会審議から解放された」というヤケクソ説、「天皇陛下の詔書に対する敬意」説などがありますが、法的な意味は何もありません。)この宣言と同時に、465人の衆議院議員は全員、その身分を失います。

【ステップ5】 総選挙の公示と投開票
解散後のルールは、憲法と公職選挙法で厳格に定められています。

【憲法 第54条】
衆議院が解散されたときは、解散の日から四十日(40日)以内に、衆議院議員の総選挙を行ひ...この「40日ルール」に基づき、政府は解散後の臨時閣議で、次の総選挙の日程を「〇月〇日公示、〇月〇日投開票」と決定します。この日から、日本全体が「選挙モード」へと突入するのです。

まとめ

今回は、日本政治のダイナミズムの象徴である「衆議院の解散」について、その仕組みと意味を解説しました。

1.解散とは
任期4年を待たず、任期途中で衆議院議員全員の身分を失わせ、総選挙を行うこと。参議院に解散はない。
2.根拠は2種類
・69条解散:「内閣不信任案」が可決された時の「防御的」な解散。(戦後4回のみ)
・7条解散:内閣の「助言と承認」に基づき、いつでも行える「攻め」の解散。(戦後のほぼ全て)
3.なぜ「切り札」なのか
総理大臣が「解散権」を握ることで、
・野党を牽制し、審議を有利に進められる。
・与党(身内)を引き締め、党内の求心力を高められる。
・政権運営に最も有利なタイミングで、国民の信任を問い直せる。
4.解散後の流れ
解散が宣言されると、議員は即時失職し、「40日以内」に必ず総選挙が行われる。

「解散」は、単なる政治的な駆け引きの道具ではありません。それは、議会(国会)と内閣(政府)の意見が対立したり、政治が国民の意思から離れてしまったかもしれないと感じられたりした時に、その最終的な判断を、主権者である私たち「国民」に委ねるという、民主主義の根幹に関わる重要なプロセスです。

総理大臣が「解散」のカードを切った時、それは私たち国民一人ひとりに対して、「この国の未来をどうすべきか、もう一度示してほしい」という問いが投げかけられた瞬間なのです。

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